尊敬する作家であり数学者でもある藤原正彦さんが、著作「国家の品格」の中で、論理の限界について下のような例えをしてます。
(原文のままではなく少しアレンジしてます)


“あなたは、とあるパン屋の店先で、見るからに栄養不足で貧相な少年がパンを盗んだのを目撃したとします。”

ある人は、「日本は法治国家である。いかなる経緯があるにせよ盗みは犯罪であり、処罰されなければいけない。捕まえて警察につきだそう」
と考えて行動します。

またある人は「あぁ、可哀想。まだあの子は小さいのに家庭に恵まれず、何日も満足なご飯を食べれていないんだろう。盗みは良くないことだが、尊い命には代えれない。今回は見なかったことにして見逃してあげよう」


どちらも立派な論理、そして価値観が通っています。

どちらが本当に正しいのかは議論しても答えは永遠に出ないと思います。
価値観や論理の出発点が違うと、導き出される行動の結果がここまで180度変わります。

なので、藤原正彦さんは論理には限界があり、論理では片付けられない大切なものがあるとその著作で訴えています。
僕はこの考えにすごく共感します。


そしてさきほどの例えでは間違いなく後者の行動を取った人の人間性に惹かれます。

その価値観がパーソナリティーになっていくんですね。


人はホンマにいろいろなタイプがおる。
自分の価値観に素直になって、自分に嘘のない生き方を貫いていきたいです。